for you 【頼みごと、頼まれごと】 第二話

アパートの部屋の何倍もある部屋の一室で、今未音の表情はまさに「無」だった。
怖いくらいの無表情で、レンズの奥にある灰色の瞳をじっと尭也へと向けている。

「それで?顔がいい?腹がいい?それとも下から顎か?」

すっと拳を胸の前まで上げる未音に、尭也が眉を顰めて叱るように言った。

「お前それ『ご飯にする?お風呂にする?それとも私?』だろ?変なこと覚えてくんなっつったのによ」
「わかった、とりあえず全身な」
「日本語おかしいだろ!」

未音の目は本気だった。

まぁ落ち着けよと、座り心地のよさそうなフカフカのソファを勧められ、少し考えた後にどさっと腰を下ろす。
思ったとおり材質は柔らかく肌触りもいい。眠り心地も良さそうだった。
しかしそれは後だと、未音はまず目の前に広げられたものを見て言う。

「嫌に決まってるだろ。あんたが着ろ」
「話聞いてたか?「俺」と「パートナー」が必要だって言ってんだよ。なのに俺が女装してどうする」

坂下が持ってきてテーブルに広げたものは、ドレスに男物があるかは分からないが、どこからどう見ても女物のドレスだった。

「約束しただろ?何でもいうことを聞くって」
「女の格好をしろとは聞いてない」
「別にこれからずっと女になれって言ってるわけじゃないだろうが、たった一日くらい協力しろよ」
「たった一日の為なんかにこんなもの着たという事実を作りたくない」

ただでさえ未音の中の記憶は一年しかなかった。
その僅かな時間の中にわざわざ女装したという思い出を作れというのかと文句を言う。
しかし尭也にも譲れない事情があるのか、悪いとは思ってるといいながらも中々引き下がることはしない。
だるそうな顔をして未音の隣に座ると、背凭れに寄りかかるように大きく後ろに仰け反った。

「じゃないと結婚させられるんだよ」

はぁ〜という長い溜息。
「結婚」という言葉に、未音の眉が顰められる。

「結婚?尭が?」
「そー俺」
「・・・」

結婚。ここに来る時に目にした家族の様子を思い出す。

「多分お前知らないだろうから言っておくけどよ、今家の仕事手伝ってんだよ。そんで仕事柄自然とどこぞのお偉いさんに会う機会も多くて、それで持ってくるわ持ってくるわ見合い話。断っても不思議と湧いて出てくんだよな、まぁどうせ南の名と俺のこの顔狙いなんだろうけど」
「後半はどうかと思う」
「親父達も俺がふらふらしてるのあんまり帰って来ないくせに目ざとく知ってるからなぁ。よし来たことかとしきりに勧めてくんだよ。兄貴結婚してないし、俺もやばいと思われてんだろうな。よけいなお世話だけど」

尭也の言う兄貴が、南凰学園の理事長だということを未音は以前聞いたことがあった。
屈指の大財閥である息子二人が結婚していないことについて、両親以上に他の人間が黙っていない。未音の知らないところで我先にと南家とお近づきになろうと、争奪戦のようなものが繰り広げられていた。

「それで何で俺が・・・」

女装。
パートナーが必要とか意味が分からない。

「今日の夕方からどうしても出席しなきゃいけないパーティーがあるんだよ。親父達が行けないから俺が代わりに顔を出さなくちゃいけない」
「で?」

勝手に行けばいいと思うんだけど。

「それでお前を連れていったら、言い方悪いが見せしめになるってわけ。嘘でも相手いるって分かればこれ以上話が大きくならないだろうし、マジ頼む」
「嫌だ」
「お前俺がどこぞの知らない女と結婚してもいいわけ?」
「・・・別に」

尭が結婚する・・・・。

「・・・嘘をつくぐらいなら代わりに誰か別の女に頼めばいいだろ。正真正銘の女で」

何人か尭と一緒にいるのを偶然見掛けたことがある。
タイプは派手だったり清楚だったりと様々、年上もいた記憶が・・・。

すると尭也がゆっくりと首を横に振った。
今日何度目かの溜息。どうやら相当困っているようだ(実際は未音に対してのが多い)。

「お前に俺の苦労は分からねーよ。昔一回ピル飲んでるからって言われて生でヤったことあるんだけどよ、それ嘘で高校生で危うく父親になるとこだったんだぜ?ちなみに相手はいいとこのご令嬢。いやホント女は怖ぇよな、表面上笑ってても裏で何考えてるかわかんねーもん」
「節操がないからだろ。自業自得」

お前も女には気をつけろよと肩を叩かれた未音が「・・・周りに女がいないのにどう気をつけるんだよ」と零す。
すると尭也の表情が険しくなる。

「つかお前大丈夫?あの学校ホモ多いだろ、お前なら大丈夫だと思ったんだがヤバイ目に遭ってないか?」
「ヤバイ目って何」
「襲われたりしてないかって言ってんだよ」

ないこともない。が、それらしいことを言おうとしている奴がいた時は言い終わる前に瞬殺している。
代表例は千野ショウ。

とりあえず頷く。

「それより何であんなに男同士でくっついてるのか不思議だ」

一、二度濡れ場に遭遇したことがあったが、その時は未音も一瞬固まった。
男しかいない環境の中、暮らしていくうちに男同士で付き合うなどの南凰事情についても何となく理解していた未音も、いざ現実を目の前に突然叩きつけられては一般人なら誰でもフリーズもしてしまうだろう。

「年頃だし溜まってんだろ。それか本当に好きなら性別は関係ないんだろうぜ?」
「好き?」
「ああ・・・って何だその顔」

未音の顰め面に尭也が首を傾げる。

「・・・好き・・・・俺にはその気持ちが分からない」
「あー・・・」

好きという感情がどういうものなのか分からない。
何かに執着すること?
一番苦手だ。

「・・・まぁそのうち分かるだろ、お前の人生はまだ先が長いんだからな」

俯く未音に言う。
未音はそう言われて頷いたが、内心分かる日が来るという望みは何となく薄い気がした。

ともあれ、だから今回だけとしたところで協力を願っても、周囲にある意味お披露目するのだから、下手するとそのままの流れで・・・という恐れがあるようだった。
下手に相手は選べない。だから尭也は未音(男)に頼んでいるという。

「マジ頼む」
「・・・」
「?」

黙り込む未音。
それに気付いた尭也はニヤリと口唇の端を上げると、ソファに投げ出した手をポンポンと未音の頭に乗せた。

「なーに暗くなってんだ。俺がいなくなると思って寂しいとか可愛げあること思ってんの?お前もちょっとは変わったなぁ」
「いやあんたが所帯持つってありえないだろと。落ち着きがない、節操がない、ありえない」
「お前っ」

キツイ一言。

「・・・やっぱ変わってねーな」

尭也は未音の反応につまらなそうにすると、「あ〜どうすっかなぁ」と天井を仰いだ。
しかし未音は再度黙り込んでいた。

「・・・」

尭が女に不自由しないことは知っていた。
夜にふらついてたまたま知り合った奴とある日屯していた時、その場所に尭が偶然来たのだが尭はすぐ皆に打ち解けられた。
しかも以前(今もか?)荒れ過ぎて誰も手に負えなかった志摩とも唯一普通に接することができたのも尭だったらしい。
尭は人を惹き付けるところがあるようだった。

「・・・」
「どうした?」

一緒にいるようになっても未音は尭也の私生活に深く干渉することもなかったため、尭也が誰と付き合っているのかなんてことは知らなかったが、夜活動する自分と違って普通に生活を送っていた尭也は普通に遊んでいるのだろうと思っていた。
でも結婚か・・・、と思う。
もう歳だからな。(まだ23歳です)

「・・・でもそうだな、少し、変な感じはする」

よく分からない。

一瞬尭也が驚いた顔をすると、ふっと笑ってもう一度未音の頭を撫でた。

「お前が心配することは何もねーよ」
「別にしてない」
「はいはい」

無遠慮に頭をポンポンポンポンとまるで鼓を打つようなリズムで叩かれる未音。
それは思い切り子供扱いだったけれど、未音はそれがあまり嫌ではなかった。どこか懐かしい感じがして、思わず甘えるように尭也の肩に凭れかかる。

だがその時意識していないで未音の口から出た言葉に、尭也の未音を撫でる手が止まった。




「元々俺には帰る場所なんてない、また昔に戻るだけだ」




正面を見たままの尭也の目が微かに細められる。
未音から発せられた<昔>という言葉に尭也は気付いていた。

「・・・ん?何?」

突如表情の変わった尭也に気付き、何かおかしなことでも言ったのかと首を傾げる。

「・・・いや、なんでもねー」
「?」

コンコン。

ノックがし、尭也が思い出したように返事をすると、扉が開き二人の女性が現れた。
驚いたことに二人の顔は同じ。メイド服のような衣装までも全く同じで見分けが付かないぐらいだった。
その片方の女性が両手ほどもある箱を抱えてにこりと未音に笑いかけた。

「失礼致します。尭也様方のご用意はできましたか?」
「まぁ・・・な」

尭也の視線を感じた未音が、拒否しようと口を開くが・・・。

「できて・・・」
「まぁこちらがおっしゃっていた高瀬様ですね!?なんてやりがいのある美しい方かしら・・・。ワタクシ達にお任せになって下さいませ!最高の一品に仕上げてさしあげますわ!」

案外簡単に分かりそうだった。

「さ、高瀬様、こちらにいらっしゃって下さい」
「俺は・・・」
「遠慮なさらずに☆どうぞどうぞ」
「だから・・・」
「あら高瀬様、なんて綺麗な肌・・・羨ましいですわ」
「・・・」
「見て姉様!髪の色も素敵!ご自分でお染めになってらっしゃるのかしら!」
「眼鏡外してもよろしいですか?」
「きゃー姉様!綺麗な瞳の色!写真写真」
「・・・」

二人にわけも分からず全身ペタペタと触られまくり、抵抗一つできない状況で未音が尭也に向けて一言言った。

「覚えてろよ」

口笛を吹いてそっぽを向く尭也に、今届く拳はなかった。





<次へ>

[ 2009/07/04 14:54 ] 「for you」 | TB(-) | CM(-)